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疲れ果てた末、からめるくんのウーパールーパーの動画を延々さかのぼって見続けてたときの履歴。サムネ可愛い。
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結局お好み焼きの話がいちばん好きかも。
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>>892 で触れた件から連想してもう少し。フィクション作品で、キャラクターの命の終わりがタイムリミットとして設定されることについて。きちんと調査したわけでもない、徹頭徹尾個人の感想です。

ティーン向け作品でいわゆる「余命もの」がめちゃくちゃ多いの、正直わたしはものすごく怖い。作劇の仕掛けとして時間的制約を設けるのは王道だけど、それにしたって「余命」を多用しすぎだろと思う。命の終点を感動のためのギミック扱いすんな。
というかこんなにも余命宣告されたキャラクターの作品ばかりに触れてしまって、当の読者であるティーンの精神は大丈夫なのかよ。しんどくないのか? そこまで深く考えずカジュアルに受け止めてるから大丈夫なのか? いやそれはそれで嫌だよ。頼むから実在の人の命の終わりに対して「感動する」とか「エモい」とか口にする人間にはなってくれるなよと願うばかり。

読みもしないでこんなん言うのもねと思って、そういったティーン向け余命もの(←この言い方でいいかげん気分悪くなってきたから代替表現思いついたら更新します)を1冊ぱらぱらと斜め読みしたこともあるんだけど、結末が「奇跡的に治療が成功して不治の病は完治しました。すっかり健康体で元気な子どもも産めてハッピーエンド」で悲しくなった。命を扱うなら最後まで誠実に扱ってほしかった。「やっぱ大丈夫でした」で終点を雑にスライドさせないでほしい。もちろんこれはわたしがたまたま手に取った1冊だけの話でn=1でしかないんだけど、よりによって最初に目に留まった1冊がそれかいっていう。
少し話がずれるけど福山リョウコさんの『人の命で青春するな』はものすごいタイトルだと思っています。現代だからこそのタイトルだというのと、現代のティーン向け作品にこのタイトルを付けるのは凄まじい意志を感じるというのと。

以上まるごとthe 苦言って感じなんだけど、一方で、紛れもなくわたしもこれまでの人生においてフィクション作品の生死に心動かされてきたんだよな。その生死が、今のティーン向けレーベルでもはや一ジャンルみたいになってるそれとどう違うのかって言われると……正直うまく説明できない。ただ新しいものを受け入れられないだけの難癖老人なのかもしれない、わたしは。でもやっぱしんどいんだよ、余命ものばかりで埋まる棚を見てると。

ただ、ここまで書いてる間ずっと頭にあったことだけど、生の終わりというリミットがない人間っていないんだよな。だからわたしが「タイムリミット設定すんのやめろ」みたいに言ってんのも大概滑稽ではある。設定もなにも全員にあるだろ現実見ろよっていう。むしろ夢見がちなのはわたしのほうなのか?

死恐怖症のくせになんでこういうことばっか考えてんだろ。死恐怖症だからこそなのかな。折りたたむ
せっかくなので感想も少し。

『フールナイト』:
ついこないだTLに流れてきたから新連載かと思ったら既に単行本も出ていた。勉強不足。
タイムリミットとして動きようのない確定した死(余命がどうとかそういうやつ)が設定されてるとただただ悲しくなっちゃうんだけど、この作品はその確定事項をぶっ壊せる可能性がある……のかな。どうなのかな。
ヒトが草花になるってそりゃ綺麗事で済むわけないよね、とひと目で理解させるコマが印象的だった。折りたたむ


『いっそ、恋だったらよかったのに』:
絵が柔らかくて可愛い。まお先輩のいいところがまだあんまり見えてないんだけど、回想とかでそのへん明らかになると主人公がまお先輩を想う姿勢にもっと肩入れしたくなるんでしょうか。自分が百合に対して不勉強で探り探り読んでるのがよくないだけかもしれん。折りたたむ

『#1 ビニールハウス(夕暮宇宙船 短編シリーズ)』:
取り返しのつかないことをしてしまった気持ちとか、このまま黙っていればなんとかなるんじゃないかと後ろ暗い期待に賭けて身を固くしているときの心臓の鼓動とか、いろいろ思い出してウウ〜〜〜ッ😭となった。わかるよお、ってしゃがんで目を合わせて言ってやりたくなる感じ。折りたたむ

『遠い日の陽』:
最近読んだ中で一番難しかった。感情の置きどころが。
わたしは基本的に感情移入することで物語を理解する――というかそのルートでしか物語に没入できない――から、感情移入できない・させない話を「難しい」と認識してしまうんだな。たぶん。
見知らぬ人の昔の写真に自分の過去を重ねて心を温める、その点はなるほどなあと思ったし、2人にとってこの交流が救いになったのであればよかったなと思いました。読書感想文か?折りたたむ
『ミルキー☆サブウェイ』劇場版2回目。劇場版からの新規シーンがどこでどう加わるのかメモりながら観た。 #milkysubway

つくづく編集がうまいなあ。《1話あたり3分半×全12話》の構成が良すぎて、総集編+αで劇場版にするったって正直原本が最強なのでは……?って思ってたけど心配無用だった。編集がうますぎて、もとから長編アニメですっていきなりこれ出されてもなんの違和感もない。1話3分半のテンポ感が劇場版になっても全く失われないってすごいよ本当。
ていうかやっぱりこの作品好きだなあ。口当たりは軽いのにめちゃくちゃ味わい深くて何度でも食べたくなるおいしさ。会話劇ってわけじゃない(よね?)けど会話ドリヴンの勢いがそのまま作品の魅力を形作ってる。こういう魅力的な会話を書きたいな〜〜〜って思える。
しかし見れば見るほどアカネちゃん可愛いんだよな。愛おしい。アカネ・カナタ組のグッズいっぱい出してくれ〜。
そうだな、うん、脳内で生まれたキャラクターへの思い入れって好きとかどうとかってよりはやっぱり《愛着》だ。今かなりしっくりきてる。
小学生の頃は頭の中に5人くらいオリジナルキャラクターが住んでたんですけど、彼らのことを思うと今も昔も変わらず「可愛い」「格好いい」とか「好き」よりももっと平熱寄りの、気心知れた親しみみたいなのが湧くんだよな。
愛着ですね。愛着。
>>887 同時に今やっと、小説本で描いたキャラクターたちへの思い入れが明確に《愛着》として根付いた感覚がある。
昨日まで心の奥底でずっと「力不足でうまく描いてやれなかった、申し訳ない」って思ってたんだよな、キャラクターに対して。今ならもうちょっと前向きに振り返れるから、よもやま話を書いたり続きを書いたりもできそう。
文フリ福岡での発行から4ヶ月半、やっと自分の小説本を通しで読むことができた(制作中に自分の文章の下手くそさに絶望して今まで読めずにいた)。
人様に手に取ってもらうわけだし、何よりも自分が後悔しないために当時の全力は尽くしたけど、それでも怖くて、入稿したあとは読み返せてなかったんだよね。
すでに対面でも通販でも頒布しといて何言ってんだって感じだけど、今日でやっとひと区切りついた気がする。