my own notebook

無限の少女たちに、宇宙を見る

#本 #感想

以下、物語の核心に触れない程度のネタバレを含みます。

『話すチカラ』を喜び勇んで買ったのに、2日経っても読み始められなかったのは、この本がおもしろすぎたからなんです。

〔少女庭国〕

著者:
矢部 嵩
出版社:
早川書房
リンク:
honto Amazon

中3の羊歯子が受ける卒業試験はn-m=1。扉を開けると別の少女、次の扉にも少女、扉を開けるたびに無限に増え……

引用元: 版元ドットコム

Kindleストアでハヤカワがセールをやっていると知り、「なんか買うか」とザッピングした中で、最初に購入したのがこれでした。

私はホラーもグロもめっぽう苦手なので、そういった「怖さ」を売りにしているとおぼしきものは徹底的に避けて生きているんですが、この本はあらすじを読んだら気になって気になって。いちどタブを閉じて他の本を見にいったのに、けっきょく「だめだ、さっきのやつが忘れられない。どれだったっけ……」と閲覧履歴をたどってポチりました。

Amazonには、先に引用したもの(版元ドットコム版)より少し詳しいあらすじが載っているので(なんで統一されていないんでしょう?)、あわせて引用します。

卒業式会場に向かっていた中3の羊歯子は――暗い部屋で目覚めた。隣に続くドアには貼り紙が。“下記の通り卒業試験を実施する。ドアの開けられた部屋の数をnとし死んだ卒業生の人数をmとする時、n-m=1とせよ”。ドアを開けると同じく寝ていた中3女子は無限に目覚め、中3女子は無限に増えてゆく……。 〔少女庭国〕 (ハヤカワ文庫JA) | 矢部 嵩, 焦茶 |本 | 通販 | Amazon

え、怖っ。でもなんか……おもしろそう。

閉ざされた環境に置かれ、課せられた条件には「死」が絡む、といった点からみるに、いわゆるシチュエーション・スリラーなのかな? と想像できます。『ソウ』や『CUBE』のあれですね。……と知ったふうに書いてはいますが、もちろんどちらも観たことはありません。視界に入れたら最後、その日の夜はトイレに行けなくなるから。

ではなぜ、怖がりの私が、この本に限っては「おもしろそう」と思えたか――そりゃもう、このフレーズが持つパワーゆえです。『中3女子は無限に増えてゆく』。

無限に連なる部屋にひとりずつ横たわる、中学3年生の女の子。扉を開けるたびにひとりずつ“目覚め続け”、増え続ける。言うまでもなく異常で不条理な舞台設定だけど、そこはかとないロマンがあります。語弊を恐れず言い換えると、エロい。

そも、思春期の少女という存在は、なぜこんなにも切なさと儚さを呼び起こすんでしょうね。身体的にも精神的にも不可逆の変化を遂げることによって、「喪失」の概念をまとうから?

成長するというだけなら、同年代の男子も同じです。でも、男子の体が筋肉を獲得してがっしりしていくのに対し、女子はそれまで自分より小さかったり、同程度だったりした男子たちに身長を追い抜かれ、引き離され、体力でも勝てなくなっていく。女子の体が成長するのって、時に、ただただ枷が増えていくだけのようにも思える……気がする。

そのいっぽうで、向こう見ずな全能感も確かにあって、自分たちのやっていることを「こーゆーの、なんかイイよね」と、半歩引いたところから肯定してみたりもする。いっちょまえに半歩引いてみせるけど、半歩しか引けないことには気づかない、その程度の客観視。

これら全部ひっくるめて、愛おしいんですよ、思春期の少女って。

そんな愛おしい女の子たちが、異常な空間で無尽蔵に増えていくさまは、気味が悪いのに魅力的です。扉が開けば少女が目覚める、その隣の扉が開けばまた別の少女が目覚める。開いて、目覚めて、開いて、目覚めて、開いて目覚めて開いて目覚めて開いて目覚めて――

「あ、これ、宇宙の話なんだ」と、唐突に気づきました。誇張表現でも皮肉でもなく、私はこのシチュエーション・スリラーに宇宙を見出したんです。

そう理解してしまえばしめたもの。私の内にある「怖いもの見たさ」は、いつの間にか知的好奇心にすり替わっていました。少女(たち)が、どこまでも続く部屋を強制横スクロールみたいに進んでいくのを追うのは、さながら、絵巻物や古代の壁画をひもとくような気分です。探究心が満たされていく快感さえ湧き起こりました。

それだけの充実感を与えてくれる物語世界は、それでもなお、どこまでいっても不完全なままです。だって、中学3年生、しかも今まさに『卒業式会場に向かっていた』女の子ですよ? 中学生だと名乗るのはなんだか癪だけど、高校生では確実にない。年齢を伝えてもほぼ確実に「ということは、いま中3? それとも高1?」とか聞き返されてちょっとめんどくさい。そんな宙ぶらりんの存在が、無数に目覚める。おんなじ制服に身を包んだ、生きた少女が、無限に増えていく。この奇妙な物語は、どんな結末で終わるのか。あるいは、どうすれば「終われる」のか?

読み終えた今となっては、この本すべてが薄気味悪く何かを訴えかけてくるように感じます――ところどころ違和感をおぼえさせる文体も、「羊歯子」という個性的な名前も、『〔少女庭国〕』というタイトルの響きも。なのに、もう一周、と最初からページをめくりなおす手が止まらないのは、不条理な宇宙に身を置かされても決して失われない、少女たちの儚い愛おしさによるものだと思うのです。