my own notebook

『カクテル』

#音楽

ご存じの方、いるでしょうか。からすさんによるオリジナル曲『カクテル』(下記のYouTube動画は、ご本人が投稿されたオフィシャルなものです)。

15年前から私のいちばん好きな曲のひとつです。この曲との出会いを振り返るには、当時のインターネット事情をたどる必要があります。

15年前といえば、2000年を迎えて少し経ったころ。Windows OSの最新バージョンはXP。TwitterやInstagramがまだ世に出ていないのはもちろん、「ググる」という言葉も登場していません(英語圏では、googleが動詞として使われはじめていたようですが/豆知識)。

当時の私は、教室の隅で友人と小説やマンガを貸し借りしては鼻息荒く感想や妄想を交わしあう、典型的な二次元オタクでした。そんな折、はじめてのパソコンが自宅に導入されたんです。そりゃあ夢中になりますよね……非公式ファンサイトめぐりに。インターネットの鉄板ネタである「あなたが最も打ち込んだものはなんですか?」「キーボードです」、ぜんっぜん他人事じゃありません。

インターネットの定額制はまだ一般的ではなく、使った時間のぶんだけ課金される契約でしたから、幾度となく母に叱られた記憶があります。ダイヤルアップの接続音は、今でもノスタルジーを誘う音のひとつです。

さておき、pixivもTwitterもない時代の私は、個人がサーバーをレンタルして運営するファンサイトで萌えを補給していました。同人誌? 即売会? いえいえ、当時の私はそれらを「別世界のもの」と考えていたようで、まさか自分にも作ったり買ったりできるなんて思いもしていませんでした。アニメイトというお店の存在も知りませんでしたし。となれば、ますます個人サイトが大きな位置を占めてくるわけです。

そんななか、特に大好きで毎日アクセスしていた(「日参」ですね!!)とある小説サイトで、作品ページのBGMに衝撃を受けました。それが『カクテル』です。

webサイトにBGMを流すこと自体は当時けっこうメジャーで、いろんなサイトがコンテンツのイメージに合わせた楽曲を設定していました。専用のMIDIファイルを配布する素材サイトもありましたよね。でも『カクテル』には、他の楽曲とは一線を画す美しさがあったんです。悲しさを感じさせる曲調ですが、大胆に躍動する右手の旋律が印象的で、ひっそりと溶け込んでいるコーラスのような音が深みを与えていて、そう、とにかく美しい。

え、何この曲。めちゃくちゃきれい。

その第一印象を抱いたまま小説を読み、泣きました。もちろん小説の面白さあっての涙ですが、『カクテル』の切ない旋律によって感動が何倍にも増したのは明らかでした。そのまま、作曲者であるからすさんのwebサイトにアクセスして、他の曲も上から順に聴いていきます。すごい、すごい、こんなに感動的な曲を書いて、しかも無料で公開している人がこの世界に――インターネットにいるんだ。

からすさんがオリジナルCDを販売していることもその時に知りましたが、先述のように当時の私は「アマチュアの創作物の売り買い」を別世界のことだと認識しています。「そういうのもあるんだな、すごいな」と感嘆するのみで、購入するところまで考えが至りませんでした(それに、そのCDは人気につき完売していたように思います)。

それでも私はからすさんの楽曲の魅力に引き込まれ、サイトで配布されていた『カクテル』の楽譜をダウンロードして、練習を始めました。小さい頃からピアノに通わせてくれていた母に感謝しつつ、毎日まいにち弾き続けて、ある程度スムーズに弾き通せるようになってからもピアノに向かいました。練習曲としてではなく、永く弾き続ける楽曲として愛していきたいと思ったんです。

そのピアノを大学進学のタイミングでお譲りに出したのがきっかけで、ちょっとした時間に何気なくピアノの蓋を開いて『カクテル』を弾く生活は終わりました。時を同じくして投稿サイトやSNSが普及し、個人サイトの文化が衰退したこともあって、からすさんのサイトを見ることもなくなり、パソコンを買い換えたときに楽曲や楽譜のデータも紛失してしまい……けれど、友人と「在りし日のインターネット文化の思い出」に浸るたびに、また街頭でピアノを見かけるたびに思い出すのは、やっぱり『カクテル』でした。

そんなにも思い出深い曲なのに、なぜその足跡をたどろうとしなかったのか、考えてみればおかしなことです。ピアノそのものが手元からなくなり、当時の思い出も一緒に過去のものとなったために、今の生活の中に引き込むという発想に至らなかったのかもしれません。ともあれ、先日ふと思い立って検索したら、一瞬でした。

動画の概要欄には、からすさんご本人の言葉がありました。楽曲投稿サイトの閉鎖を経て、YouTubeでの楽曲公開に至ったこと。楽譜も、当時完売になっていたCDも、あらためてダウンロードできるようオンラインストレージにアップロードしたこと。

こみあげる感情のままに画面をスクロールさせれば、「昔、何度も聴いていました」「また聞ける日が来るなんて」といったコメントが書き込まれていて、涙が出ました。15年前のあのとき、インターネットで公開された同じ楽曲を聴いて、私と同じように胸を打たれた人が、こうして今もどこかで生きていて、同じように二度目の感動を味わっている。

15年のあいだに、いろんな音楽に触れました。好きなアーティストも好きな楽曲も数え切れないほど増えました。それは事実です。でも、『カクテル』が自分にとって心の中のいちばん大切なものであり続けることも、同じように揺るがぬ事実なのだろうと思います。