memo#music
勝手な分析だからあれなんだけど、いま三次元で応援してる芸能人の方と夕刻ロベルさん、なんかやっぱ似てるとこ多いよな。
喋ってるときの感じとか、ファンとの距離感とか、いろいろ。本当に感覚的な印象だけど。
自分を好いてくれる人のことは大事だしありがたいと思ってるけどファンサはドライ寄りなとことか。気分屋なようでいて絶対ぶれない芯を持っていて、よく見たら軸足は微塵も動かしてませんよねみたいな感じが。いや夕刻ロベルさんの動画を見始めてから多分まだ10日くらいなのにどの口が語るんやって話ですけども。
↑postした後にYouTubeの再生履歴で確認したら、初めてきちんと動画を観たのは7月30日だったっぽい。2週間は経ってたわ! いや十分にわかだよ。
自分はどんな人をいわゆる《推し》的な存在として応援したくなるのか、折に触れて考えてきたんだけど、なんとなく現時点での答えが出つつある。《正気のまま応援させてくれる人》《わたしがいなくても問題なく勝手に生きていってくれる人》、これだわ。
熱に浮かされるようにハマりこむのは楽しい、それは確かなんだけど、お互い長続きしないと思うんだよ。どこかで限界が来る。過去に別の人を応援するなかでそういう経験をすると、熱中しながらも心のどこかで「いつまでもこうはしていられないよな」っていうセーブがかかる。それが嫌なんだよね。
だから、ぐわっと体温が上がるような高揚感を味わわせてくれるのはもちろん嬉しいけれどもそれを常態とするのではなくて、あくまでもお互いに平熱で、長く応援させてくれる人についていきたいなあ。ていうかもう自分はそういう人じゃないとついていけないや。気力も体力も一度尽きてしまった感があるので。
Blu-rayレコーダーを整理しながら『おげんさん』を見返したんだけど、本当に本当にいい番組だな。何度見ても元気が出る。
やっぱミイヒちゃんだな!(Nizi Project観てないのでお人柄とかは全然知らないのだけどお顔立ちがとにかく好き)
ご結婚なされた推しさんの出演番組はもう正直全消しでもいい気がするんだよな。今後見返すかと言われるとたぶんNOなので。でもな〜〜〜う〜〜〜ん。
推しについて言及されたツイート全ふぁぼ勢の気持ちは理解できるけれども、わたしのどうでもいい感想まで問答無用でふぁぼられるとちょっとウッとなるときがあり、結果的に素直な感想を言えない状態に陥ってた。
なんならご本人に捕捉されることだってままあるじゃん、今のTwitter。ちょっとここは自分には合わなかったかな〜みたいなのが言いにくい。
その点、てがろぐは他人の目を気にすることなく好きなだけ連投できるからありがたいんだよな。