熱狂ではなく切実で、悲壮感に飲み込まれないようなんとか立ち上がり集まった人達。うちらはみんなつらくて苦しくてそれでも何一つ諦めていない。
(いつも通りの日常を送ることこそが抵抗だという戦略は)政府から見たら「こちら、異常なしです」と言っているようにしか映らない。というかそもそも見えない。見えたところでせいぜい数字としての存在だ。 日常を見失なわないことと壊される日常を無抵抗で享受するのは似ているようでかなり違う。
うちらは気高く不屈の魂を持っていて、その美しいマインドで日常をいくらでも彩ることが出来る。しかしそれは土台として平和やインフラ、衣食住の保証があった上での話だ。それらは先人の先輩方が必死に勝ち取った権利であり、その権利の上に胡座をかいて生活しているうちらへ渡されたバトンでもある。決して手放してはいけない
ほんっっっとに良い記事だった、読んでよかった。しんどいけどやっていくんだようちらは。