2023-04-27
映画『ザ・ホエール』を観た。
タイトルからイメージする通りに鯨や海にまつわる、心温まるヒューマンドラマ——いわゆる《泣ける感動作》 ——なのかと思って臨んだら、全然違った。むしろ相当ヘビーで、さまざまな問題が複雑に絡み合いながら登場人物と観客の首を少しずつ絞めてくるような凄みがあり、息苦しく、打ちのめされた心地にさえなった。でも、観て良かったと思う。
主人公チャーリーは、体重272キロの中年男性。心に苦しみを抱えて引きこもっており、自宅から出ることもない(というか、出られない)。大学生たちにオンライン講義でエッセイを教えているけれど、ウェブカメラは常にオフ。自分の巨体を隠し続けている。
彼には看護師の親友がいて、健康観察や食事の世話などのために足繁く通ってくれる。ふたりの間には確かな友情があるし、並んでテレビを眺める時間も、ジョークを言って笑い合うひとときもある。でも、彼女は看護師だからこそ、このままでは彼の命が危険だということを、真に理解している。チャーリー自身も、自分の体がいよいよ危ういことを察していて、離婚して以来会っていなかった娘に連絡を取り、交流を図る。
ワンシチュエーションと言ったらいいのかな、話はほぼ終始チャーリーの家の中で進む。でも演出が上手いからか窮屈な感じはない。むしろ、チャーリーを中心とする登場人物たちの内面と関係性はとても複雑で、すごく奥行きのある物語だと感じた。ブレンダン・フレイザーをはじめとするキャストの演技は壮絶で、見終えてしばらくは言葉を失っていた。
チャーリーを含め、登場人物は善人とも悪人とも言い切れない、いろんな面を見せる。心が和むシーンもあれば、なんでこんなことができるんだろうと憤りに近い感情が湧くシーンもあって、分かりやすく分類することができないから、見ていてすごく頭を使うし、難しく感じる。でも、その複雑さがかえって生々しく、人間らしさをよく描いていると思った。現実の人間に100パーセントの善人・悪人なんてまず存在しないし、徹頭徹尾の一貫性なんて望めない。1人のひとに対して、嫌悪と執着を同時に抱えることだってある。そういうことを表現しているんだとわたしは解釈した。
チャーリーが命の支えのように大切にしている1編のエッセイは、それこそ難解で、正直わたしは1割だって内容を理解できている気がしない。でも、だからこそ、そんな文章を心の寄る辺にしてすがりついているチャーリーが哀しく映る。満足に立ち上がることもできなくなった体で、死と隣り合わせに寝起きしながら、まるで緊急薬かなにかのようにエッセイの用紙を握りしめる姿は、やるせないほど孤独だ。生を諦めてもなお捨てきれないものがあるのに、死はもう彼のすぐ後ろで影を落としている。奇跡は起きない。間に合わない——胸をかきむしりたいくらいにもどかしく、悲しかった。
取り急ぎ、作中に登場した『白鯨』を自分でも読んでみたくて、いろいろ検索してる。どの翻訳がいいんだろうか。ざっくり調べた感じだと岩波版か新潮版がよさそうだから、書店で見比べてみたい。チャーリーを支えたあのエッセイを、わたしも少しでも理解したい。