2023-02-14
今日はいつもより1時間遅い出勤の日だから、家を出るといつもより空が明るくて、駅までの道をたくさんの人や自転車が通っていた。街が動き出している感じがして、なんとなく楽しくて嬉しい。通勤途中にある保育園も、この時間なら開いているから、警備員さんが「おはようございます!」と笑顔であいさつしてくれて、元気をもらえる。
今は接客の仕事をしているから、毎日ちょっとしたエピソードには事欠かないんだけど、それをここに書くのは控えている。
こんな面白いお客さんが来ましたとか、こんなクレームがあって腹が立ちましたとか、そういうことを不特定多数が見る場に書けばある程度のストレス発散にはなるんだろうけど、つまるところそれは顧客の情報を晒す行為に他ならないわけで、自分の中にある倫理観センサーがかなりの音量で警告音を鳴らす。だから、やらない。
もともとわたしは、ネガティブな話を日記やSNSにできるだけ書かないように意識している。その理由について以前メモしたものを見返してみた。
その1、嫌な記憶を定着させたくないから。書いて反芻し、推敲して反芻し、折に触れては読み返して反芻し……と繰り返すうちに、どんどん記憶が強化されてしまうのを避けたい。 ただし、特定の出来事を頭の中で何度もなぞってしまっておさまらない、というときに、厄落としの意味でどこかにアウトプットするのはありだと思う。
その2、書いても前向きになれないから。書いて気持ちが楽になる、というのは感情の値がマイナスからゼロに戻るだけで、プラスにまではなっていない感覚がある。例外として、特定の出来事が原因でマイナスから抜け出せなくなっている場合には、まずゼロに戻すというステップが必要になるから、吐き出すのはありだと思うけど、これはもはや心理療法の領域であって、素人がやるのは難しい気がする。
その3、味をしめたくないから。そもそも、嫌な出来事は起こらないのがいちばんいいはず。でも、嫌な出来事がネタになると知ってしまったり、よもやそれで承認を得たりしてしまうと、ネタのために嫌な出来事を欲するようになる。そういうことを繰り返してると、「不快」の閾値がどんどん下がっていくと思う。短期的にみれば「ネタが増えておもろいじゃん」と思えるけど、長期的に・総合的にみると人生の質は落ちてるのでは?
もちろん、「もうネタにでもしないとやってらんない」「一周して面白くなってきた」という場合もある。でも、それは緊急対応的な心の動きだから別の話。
いま読んでも、けっこう納得感がある。書いておいてよかったと思うメモのひとつ。