2023-02-10
書店でパワーを注入されたことがある。というのを、ふと思い出した。
数年前、仕事で陶芸家の方にお話を聞くことになり、予習のために陶芸の入門書を買うことにした。大型書店の棚の前で、やさしくわかるやきものの本だとか、初心者のためのうつわ入門といったタイトルを見比べていると、横から「陶芸、お好きなんですか?」と声をかけられた。振り向けば、優しそうな眼鏡姿の女性が立っている。仕事で必要になったので、と曖昧に答えると、女性は「そうでしたか」と笑った。
「突然すみませんでした。母が陶芸をやってるものだから、つい声をかけてしまって」
悪い人ではなさそうだったので、そのまま少し立ち話をした。今となっては思い出せないくらいの、いたって平凡な世間話だったと思う。すると、女性はわたしが背負っている通勤用のリュックをちらりと見て、重くて大変そうですねと言った。
「そうですねえ、仕事用にノートパソコンとか入れてるので、確かに少し重いですね」
「……あの、よければなんですけど。わたし、人にパワーを送ることができるので、今少しだけやってさしあげてもよろしいですか。肩が軽くなると思います」
「……へえ!」
へえ!としか言えなかった。同時に頭の中では、「盛り上がってきたぞお!」と銅鑼が鳴りはじめる。それとほぼ同時に、たった今まで同じ棚の前で本を選んでいた見知らぬ男の人が、そそくさと通路へ出ていくのが視界の端に見えた。おい! 絶対うちらの会話の雲行きが怪しくなったからだろ! 逃げるなよ! ここからが面白いのに(たぶん)!
かくしてわたしは、やきものの棚の前に立ったまま、パワーをいただくことになった。女性は、背後からわたしの両肩に手を乗せる。特に変わった言葉を唱えるでもなく、力を込めるでもなく、そのまま少しした後、彼女は手を離して「どうですか?」と聞いてきた。
……わからん。
正直まじで全然わからんのだけれども、その通りに答えるのはなんとなく気が引けたので、またしても曖昧に答えることにした。
「あー、確かにちょっと楽になったような気がする、かもしれないです」
「よかった」
女性は嬉しそうにして、手書きの名刺を差し出してきた。名前と連絡先、著書と思われる本のタイトルが、こぢんまりとしたきれいな字で書いてある。
「特になにかいただくとかじゃなくて、この名刺を受け取っていただくだけでいいので。何かあったらご連絡ください。急にお声をかけたのに、お話に付き合ってくださってありがとうございました」
「いえ、こちらこそありがとうございました。楽しかったです」
その方とはそれっきり。いただいた名刺もしばらくは取っておいたものの、引っ越しのタイミングでどこかへ行ってしまった。そういった声かけから本当に危ない目に遭う場合もあるから、一口に「おもろい」で済ませていい話ではないんだけど、あの時間はけっこう悪くない思い出として心に残っている。
というわけで(?)、仕事終わりに本を買った。
- 『X』1巻
- 『キドナプキディング』
- 『本の雑誌』2月号
今日のハイライトは、なんたって『キドナプキディング』でしょう。なんと! 西尾維新の「戯言シリーズ」の! 新作である!!
わたしが西尾維新にハマり、講談社に愛着を抱き、ノベルス版という判型を知り、意識的にエンタメ小説を読むようになったきっかけが、高校生の頃に出会った「戯言」だ。どの登場人物も、どこかしらぶっ飛んだマンガチックな(という表現が適切かは分からないけど、少なくとも当時の自分はそう感じた)キャラクターばかりで、わたしは彼らの歩みをむさぼるように読み、追いかけた。言葉遊びを多用する独特な文体を真似た、稚拙な二次創作小説も書いていたように思います。2006年のシリーズ完結の際には、全作を収納できるトランク型収納ケースつき「コンプリートボックス」も発売されることとなり、まだお小遣いに頼って生きていたわたしは震える手つきでチラシを握りしめて、近所のツタヤで予約した。トランクの持ち手についた荷物タグ型の短冊には、西尾維新の直筆サインが入っていたはず。今考えると、だいぶレアなんじゃないだろうか。
さておきその後、西尾維新の著作としては「化物語」が2023年現在も続く人気シリーズに育ち、たぶん世間的な代表作にもなっている。でもやっぱり、わたしにとっては戯言シリーズが格別なのだ。
というわけで、外伝を除けばもう何年ぶりなのかも分からない「戯言」の新作、買わないという選択肢はないのだった。(追記:……熱く書いたわりに、2023年5月現在、まだ読めていません。どうせ読むなら、その前に時間を作ってシリーズを一から読み返そうかな、とか考え始めたからだ。完璧を求めるあまりに一歩も進まない、悪い癖ですね)
『本の雑誌』は、もともと面白い記事が多くて好きなので、ときどき買っている。特に今回の巻頭特集は、わたしのためのものかと思うほど刺さるものだった。その名も「本を買う!」特集。
本を買え。天に届くまで積み上げろ。
積読という言葉が好きではない。本来読むべき本を読めずにそのままになっているのかね君は駄目だねという小馬鹿にした態度や、読めずに積むばかりでもう駄目だ生きていてごめんなさいという情けない嘆きがこの言葉からは滲み出ている。
自分で選んで自分で金を出して買った本に対して何なのだろうその態度は。今日明日読む本だけを買っていてはそれこそ駄目だ。いつか読む本を今買いなさい。迷うことなく、今この瞬間に。そして、積みなさい。天に届くまで。
本の雑誌社『本の雑誌』2023年2月号より
けだし名文。最初の1行を筆ペンで書き写して、手帳に貼っておきたいくらい。