2026-06-20
『魔女の宅急便』4Kデジタルリマスター上映を観た。

小さい頃からジブリ作品が大好きで、母がVHSに録画してくれたものを何度も何度も、誇張でなく本当にテープが擦り切れるまで観ていた。
魔女の宅急便
となりのトトロ
天空の城ラピュタ
耳をすませば
鍵っ子だった小学生の頃、ひとりで家にいるのが怖くて仕方なかったんだけど、テレビでジブリを流していれば平気だと気づいた。「きょうはトトロかな」「きょうは魔女の宅急便の気分かも」と子どもなりに自分の心と相談しながら、観るものを決めていた。
というわけで、『魔女の宅急便』にはかなり思い入れがある。今の時代に映画館で観られるなんてありがたい。今日はこれしかないでしょう!と黒の無地のワンピースに袖を(足を?)通した。
言うまでもなくストーリーも映像も素晴らしかった。でも、子どものときにはこの作品で一度だって泣いたことはなかったのに、今日は序盤からなんてことないシーンでも涙がこぼれて仕方なかった。主人公のキキに感情移入するのではなく、自然と周りの大人と同じ目線で彼女の奮闘を追いかけ、「あんたまだ13歳よ……抱え込みすぎよ……!」「頑張ってる、頑張ってるよ、大丈夫よ……」とハンカチを握りしめながら観た。キキが精いっぱい背伸びしてよそいきの声で話すところとか、配達先で一瞥とともに「びしょ濡れじゃない」と言われて「でも荷物は無事です」と笑顔で返すところとか、か細い声でオソノさんを呼び止めて「……なんでもない」とだけこぼすところとか、も〜〜〜胸が張り裂けそう。あんた頑張ってるよ!!!
ウルスラの言葉も、それなりに人生経験を積んだ今聞くと重みを感じる。今までただ楽しいというだけの気持ちで熱中できていたことが、急にできなくなってしまったら? 自分の作ってきたものが誰かの模倣でしかないと気付いてしまったら? 彼女の「いいね、あたしそういうの好きよ」という台詞、小さい頃は半ば冗談めかして真似していたけど、今はこれが軽やかな愛に満ちた肯定の言葉だと分かる。いいなあ。こういうふうにわたしも誰かのことを肯定できるだろうか。
なんか、本当に良い映画だったな。本当に良かった。